殻被り

 中学1年生の時、不良の溜り場だったサッカー部をやめて柔道部に入部した。
結果としてはサッカー部以上の不良集団で、毎日先輩にプロレス技をかけられるのが
部活動だった。
 ある日、先生に説教されて虫の居所が悪い3年生の先輩が、『1年全員本気で俺にかかって来い。喧嘩しよーぜ!』と言って何故か備品として置いてあったボクシンググローブをはめ出した。夕方、1年生の4名以外は皆帰ってしまった柔道場。私も含めて全員が下を向いたままその場に立ちすくんだ。
 業を煮やした先輩は一番近くにいた友達にボディブローを一発。太ってたその友達は『ウ”ッ!!!』と言って倒れこんだ。暫く咳き込みながら苦しんだ後、泣き出した。
「来ねーなら俺から行くぞ!」と言って、別の友達にボディブローを入れようとした。
その友達はボディブローを交わして「止めてください!」と言った。
先輩はそれが気に入らなかったらしく、その友達に蹴りをいれ、痛がってる所にボディブローを一発。その友達も倒れこんで泣き出した。
 残るは私ともう一人。逃げられないと悟った私達はガードしながら攻撃する振りをした。〔出来るだけ痛い目にあわず、ご機嫌が直るまで相手するしかない〕という気持ちで凌ぐつもりだった。
 しかし、もう一人の友達も何発かボディや顔を殴られ、泣き出してしまった。
残るは私一人。とにかくガードを固め、先輩との距離をとった。
「かかって来いよ!」先輩が怒鳴る。
怖くて手を出すどころではない。ガードの外から先輩が思いっきりパンチを浴びせてくる。ガードしてる自分の手が顔にぶつかる。蹴られたモモは絶対に腫れ上ってる。
「舐めてんのか? 本気で来いって言ってんだろ!」先輩が怒鳴る。
ガードしてる腕も痣になりそうだ。
私は先輩に当たらない様にパンチを出した。
運悪く、先輩の頬をかすった。
明らかに顔色の変わった先輩が思いっきり私の顔めがけてパンチを出した。
避け切らず口にパンチを食らった。歯が欠けて飛んだ。
何故か母親の顔が過ぎった。親からもらった大切な身体…という想いからか。
 私のスイッチが変わった。怒りが込み上げ、感情が剝き出しになった。
「このヤロー!」と言って先輩の顔目がけてパンチを出した。
先輩は避けたが、後頭部にパンチがあたった。
掴み合いになった。
それを見ていた他の友達が先輩を押さえ込みはじめた。
先輩も息を切らしてきた。
いつのまにか私も泣きながら闘っていた。
「よし!ここまでだ。」
先輩が言った。
「お前、根性あるよ。大したもんだよ。本気でかかってきたのお前だけだ。」
泣いてる私の頭を先輩が撫でた。


 ずっと忘れられない思い出。生きてれば避けられない自分との戦い、逃げたら負けな瞬間が何度でもある。そういう時に腹決めがすぐ出来る様になったのはこの出来事からかもしれない。逃げてもロクな事は無い。
失敗したり笑いものになるのを恐れて、逃げ口上をする輩達。
攻めの出来ない生き方をしてる奴、攻めすら知らない奴・・・。
そういう奴を見るとこの事を思い出す。
そういう奴の「どうせ俺なんか・・・」的な考え方が大嫌い。


この先輩に気に入られた結果、嫌がってた不良の一人になってしまったのは言うまでも無い。